弱探し

ぼやき

◆強さとは

弱肉強食、自然の摂理である。

表現を砕き、今風で言うとマウントを取るとなるのか。小さい規模まで下げると、優勝したがるような風潮も昨今では見かける。何かと自分を大きく凄く見せたがる、ライオンの立髪と同じか、いやライオンは強い、エリマキトカゲのエリマキのようなものか。

別にそれが悪いとは思わない、気持ちもわかる。誰しも向上心を持って人よりも高い位置にいたいと思うのは、よくある話。同時にそれが強いとも思わないけれど。

◆自己中に立場を変える

自己顕示の強い、普段はマウント取っていそうな層が、「今は我々の業界が危ないんです、政府さん助けてケロ。」と言うが、好きでその世界入ったのではないかと、己に聞いてみて欲しい。何なら普段は政府を否定して罵倒して物申している場合もあるし、よく言えるなと。

語弊のないように特記しますが、経済的な支援が不必要だという考えでないです。個人的に文化的な趣向もありますので、応援はしたい気持ちもあります。

ただね、強がっていたり見下したことを言っているような人が、掌を返すような態度を取れることに疑問を感じる。好きなことをやって、それを目指した故の結果でしょうとも。努力をしてきたかもしれないけれど、リスクがあることは当たり前だと思う。

(もちろん、みんながみんなと言っているわけじゃないです。目立つ声は、声の大きさに比例しますから厄介なところでもあります。)

自分は、才能が無かったのもあるが、好きなことや面白いことだけを追い掛けずに、面白くない勉強して、大学へ行き、茶番の就職活動を経て、大嫌いな通勤をして会社通いをしている。

就職後もつまらない毎日を過ごしながらも、休日を楽しみに生きているようなものだ。5/7はゴミ。

そのためと言ってはなんだが、一応は今の情勢でも仕事はある。会社に守ってももらえていると思っている。

しかし、僕は職業的に何も強がれないですし見下せない(強がりたくないし見下したくもないけど)一般的なサラリーマン。配布が遅いとも思いません、10万円をありがたく頂きたいと思っている平民ですから。丁重にポストインしました。

◆組織の中の強弱

僕は、小学生の頃から組織というものが嫌いで、先生なんて糞食らえだとか思って生きてきたのだが、この世の中で生きていきやすい道はなるべく外れないよう、ギリギリのラインでやってきた。

学校では、強者に刃向かったらいけないのだと、ありがたいありがたい、うんこみたいな教えを聞いて育たれた中でのせめてもの抵抗だ。(右とか左とかの信仰は特にございません)

だがそれは、弱になることだってあったし、先生にバカにされたこともあった。「todoは何浪しても大学受からないんじゃない?」とか言われたり。浪人して志望した大学に受かった時には、担任が嫌いだったので母校に連絡していなかったのを仕方なく親が連絡したところ、「親御さんからの連絡じゃなかったら合格を信じなかったですよ。」と言われる始末。それにしても、この先生達は人としてホントどうかしてたと思う。

組織としての立場を、自分が強いと錯覚して傲慢になる人を沢山見てきた。また、そういう人ほど、乏しい面を垣間見ることも多い。

会社内だって、もちろんそうだ。お客様との関係だってそうだ。なぜそうも偉そうなのかわからない。その役職や立場にすがらないと、他に何も無いのかもしれないが。

偉くなりたくない宣言を上司にしていることで、単純に偉くなれないだけかもしれないのを誤魔化している雑魚todoの戯言でした。

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