消化試合

ぼやき

人生のレールに乗る。それは、勉強から習いごと、生活ひとつひとつの習慣の教えまで、色々と身に付けながら、親をはじめとして先人の教えに習い生きていくことだと考えている。

言わば生まれてこの方、消化試合である人生をいかに良いと思われるように過ごすかになる。

高校進学からは自分の努力次第で行き先の変わる分岐が始まるも、当たり前のように大学進学、就職と決めて進んでいた。

働き始めたら、学生時代には考えていなかった結婚という出来事もあり、歩んでいくパートナーが出来たわけです。

では、この先は何があるか?良い学校に進学するために、良い会社に就職するために、ただ結婚するために生きてきたわけではない。その後に何があるのか、このまま淡々と生きていくのか?

再びターニングポイントがあるとすれば、転職や起業か、はたまた自分がパートナーに捨てられる可能性もあるかもしれないが…!

まあ、考えれば考えるだけ、悩むことになる。

とは言え、生きてきた人生のレールの上で躓くことになった(縁あった)パートナーとの出会いは大きなものだ。思うことは、一緒に過ごしていくことを優先にしたいということ。週の5/7、かつ1日の大半となる仕事中は別々に過ごすのって何だかなあと思いませんか?

そこから、共に働くことはできないか?と、考えるようになった。

「夫婦で仕事」[検索]

とかやると、出てくるのはやはり自営業である。同じ職場での住み込みなどもあり、リゾート宿など、魅力的な地ではあるのだが、アルバイト雇用がほとんどである。

また、「夫婦で仕事」の検索結果には農業が頻出する。

実は、学生時代から興味はあったものの、自分の人生には縁が無いだろうと考えていたものに、”農業”があった。履修していたものとは程遠く、また身内にも農家さんはいないので、まずなれるものではないとも考えていた。

今は農家人口の減少から様々な制度もあり、介入し易くはなっているが、それに頼れば何とかなる世界ではない。

知識も体力も必要であり、何より根気がいる。生活もまるで変わり、憧れだけでできるものではないだろう。

ましてや、その地独特の慣わしなどもあり、簡単に始められるものでもないし、馴染めるかもわからないものだ。

まずは想像から始めるのは自由。甘ちゃんな考えかもしれないが、夫婦共に汗水流して働くことは、思い描く理想の生活である。

だが、現実は何も行動には起こせないただのサラリーマン。

しかし、消化試合を消化するだけで生きていくのは嫌だなあ。

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